「安保3文書の目標達成」が安全確保へ最善の道…第22回安全保障シンポジウム詳報

 

 第22回安全保障シンポジウム(NPO法人ネットジャーナリスト協会主催、読売新聞社後援)が3月30日、東京・内幸町の日本プレスセンターホールで開かれた。テーマは「防衛力強化 魂をどう入れる―日米同盟から考える―」。政府が保有する方針を決めた「反撃能力」や台湾有事について、論客たちが議論した。

<シンポジウム出席者>

【基調講演】 黒江哲郎・元防衛次官
【パネリスト】 長島昭久・元防衛副大臣(自民党)、佐藤正久・元外務副大臣(同)、渡辺周・元防衛副大臣(立憲民主党)、杉山晋輔・前駐米大使、折木良一・元統合幕僚長
【モデレーター】 勝股秀通・日大教授
◎動画は安保シンポジウム公式サイト( https://npo.netj.or.jp/anposymp )で公開中

第22回安全保障シンポジウムで行われたパネルディスカッション(30日、東京都千代田区・日本プレスセンターで)=園田寛志郎撮影

第22回安全保障シンポジウムで行われたパネルディスカッション(30日、東京都千代田区・日本プレスセンターで)=園田寛志郎撮影

基調講演:「3文書決定は安保政策の歴史的な大転換」…黒江哲郎・元防衛次官

基調講演する黒江哲郎・元防衛次官(30日、東京都千代田区・日本プレスセンターで)=園田寛志郎撮影

基調講演する黒江哲郎・元防衛次官(30日、東京都千代田区・日本プレスセンターで)=園田寛志郎撮影

 昨年12月の「国家安全保障戦略」など3文書の閣議決定は日本の安全保障政策の歴史的な大転換となった。背景には、中国など権威主義国家による地政学的挑戦が激しさを増していることや、国連の機能不全などに代表される国際社会のガバナンス低下がある。

国力を総動員する安全保障

 日本の安全確保のため、政府は三つの転換を行ったと私は整理している。一つは、安全保障に関して、従来の外交や防衛だけでなく、経済や技術力、情報力など持てる国力全てを活用し、統合的に安全を確保するものとした点だ。安全保障はカバーする分野が広がった。中国は経済、技術、情報、文化的な発信など国力全体を使って挑戦してきている。

 例えば、相手国にインフラ(社会資本)整備の支援を申し出る際に法外な条件をつけ、債務を返せなくなると、施設を自分たちで使い、「債務のわな」に陥らせる。民主党政権下には、海上保安庁の船に衝突した漁船の船長を解放させるため、レアアースの禁輸で圧力をかけてきた。サイバー能力や海上保安能力など、国力を総動員しなければ対応できない。そんな問題意識から、3文書には政策手段の総動員が明示された。

防衛産業は防衛力そのもの

 二つ目は、防衛力の抜本強化だ。防衛予算は長らく国内総生産(GDP)の1%程度を目安としてきたが、5年後の「2%目標」に踏み切った。課題は山積みだ。長射程ミサイルや無人機などの装備品、宇宙・サイバー・電磁波など新たな分野に対応できる人材育成などを充実させる必要がある。予算不足で整備が出来ない戦闘機や艦艇などの装備品は可動率を上げて、能力を100%発揮できる状態にしないといけない。

 防衛産業とはこれまでも様々な政策を行おうとしたが、「死の商人にお金を出すのか」などと批判され、企業側も萎縮する構図があった。日本には戦前のような国営の こうしょう があるわけではない。装備品の整備や弾薬の供給などは民間企業が行っている。防衛産業を防衛力そのものと位置づけ、基盤の強化が急務だ。

日米同盟の抑止力

 最後は、反撃能力の保有という大きな政策の転換だ。周辺諸国はミサイル攻撃能力を拡大させている。日本のミサイル防衛の網をくぐり抜ける攻撃に対応するには、ミサイルを撃ち落とすだけでなく、「撃たれたら我々も撃ち返す」という姿勢を示すことで、相手に攻撃を思いとどまらせる抑止の考え方が必要だ。

 これまで相手の基地を攻撃する役割は米軍に頼ってきたが、日本が米国を補完する形で反撃能力を持てば、日米同盟の抑止力向上の効果が期待できる。

 反撃能力保有が、先制攻撃につながるとの懸念は承知している。ミサイル攻撃の端緒の判断は非常に困難だが、「だから、やめる」でいいとは思わない。攻撃着手を覚知するための情報能力の向上や、短時間で秘密保全を担保しつつ国会承認を得る仕組み作りこそ、議論すべきではないか。

 国際情勢が非常に厳しい中で3文書が示す目標を達成することが、日本の安全を確保する最善の道だ。

討論会に出席する(右から)渡辺周、佐藤正久、長島昭久各氏

討論会に出席する(右から)渡辺周、佐藤正久、長島昭久各氏

パネルディスカッション

◆長島氏「平素からの米軍との情報共有が不可欠」…反撃能力

  勝股  反撃能力の保有を中心とした防衛力強化の方策は。

長島昭久・元防衛副大臣

長島昭久・元防衛副大臣

  長島  有事のシミュレーションに参加して痛感するのは、ただ守り続けるという「専守防衛」の考え方では、国民の命や平和な暮らしを守り抜くことは難しいという点だ。

 反撃能力を持たなければ抑止も効かない。ただ長射程のミサイルを持つだけでは不十分で、敵の軍事目標を識別し、攻撃の判断を下し、目標を破壊し、さらに検証して次の攻撃につなげるという一連のサイクルがある。これを満たす能力を完全に持っている米国との連携は絶対に必要だ。平素からの米軍との情報共有が不可欠となる。

 朝鮮半島有事では韓国との連携も重要だ。日米韓で即時に情報共有する意義は非常に大きい。

  佐藤  日本有事では、おそらく弾薬が足りなくなり、他の国に提供を求めるだろう。しかし日本側は防衛装備移転3原則で、他国に装備品を提供しないと決めている。「いざという時にはください」という自分勝手なことが通じるのか。他国とリスクを共有する覚悟を持たなければ、3文書は絵に描いた餅となる。

  渡辺  3文書は肯定的に受け止めているが、中身は、野党として懐疑的にならざるを得ない。

 例えば(巡航ミサイルの)「トマホーク」について、米国から400発購入するというが、400発の根拠は何か。政府に尋ねても、「手の内をさらすことになり答えられない」などと繰り返すばかりだ。戦後の大きな安保政策の転換であれば、国会での議論を深めてもらいたい。

  杉山  長島氏に聞きたい。岸田首相は昨年12月16日、「専守防衛」は変えないと発言している。長島氏の考えは首相と異なるのか。

 反撃能力は国際法上、個別的自衛権行使の3要件の範囲内でしかない。確かに大きな防衛政策の転換ではあるが、専守防衛の基本的な考え方を変えるものではないというのが私の理解だ。

  長島  首相が使った「専守防衛」と、私が先に述べた「専守防衛」は、概念が少しずれている。私は、相手に対する攻撃が伴わなければ、日本の平和と安定を守ることは難しいと思っている。国民に分かりやすい説明という観点に立てば、今までの「専守防衛」の概念に少し修正を加える時期が来ているのではないか、という問題提起だ。

折木良一・元統合幕僚長

折木良一・元統合幕僚長

  折木  反撃能力を使う時、日本独自の判断ではダメだと思う。米国や韓国とも調整する必要がある。米韓とどういう調整組織を整備するかは非常に重要なことだ。

 防衛力強化に向けて、現場の観点で言えば、部隊編成や教育訓練などのソフト面をどう充実させていくかも大事だ。ハードとソフトの二つがそろって初めて本当の意味での防衛力となる。3文書だけでは強力な防衛体制はできない。

◆佐藤氏「日本はポーランドのような役割を果たせるだろうか」…台湾有事

  長島  現在、間違いなく戦後最悪の戦略環境と言える。中国は大軍拡を続け、日本、台湾、フィリピンが位置する第1列島線を巡る軍事バランスは明らかに中国優位に傾きつつある。

 さらに注意すべきは、中国経済がこれから悪化する可能性がある点だ。経済成長は中国共産党の一つの存在意義だった。これが不安定になると、愛国心の象徴である台湾統一という選択肢を選ぶ可能性がある。

 ウクライナ戦争では武器、弾薬や部品の調達が重要だということが明らかになった。米軍や北大西洋条約機構(NATO)と装備品を融通、共有化できるような状況を作る必要がある。

佐藤正久・元外務副大臣

佐藤正久・元外務副大臣

  佐藤  台湾有事の際、日本はウクライナでのポーランドのような役割を果たせるだろうか。ポーランドは数多くのウクライナ避難民を受け入れ、多くの武器や補給品もウクライナに渡っている。台湾有事で日本に逃げてくる台湾の人をどう受け入れ、対応するのかが問われている。

 日本に有利な国際環境を作り、外交的に対中包囲網を構築することが重要だ。外務省がODA(政府開発援助)とは別の枠組みでの他国軍への支援を始める。仲間を増やして優位な環境を作ることが極めて大事だ。

  杉山  外交力の強化なくして、防衛力の整備だけでは不十分で、ODAの議論も必要だ。

  渡辺  台湾有事のシナリオを政府に尋ねても、答えは返ってこない。台湾でグレーゾーンの状況が発生した場合、日本や米国、国連は動けるのか。シナリオを考え、クリアすべき課題を整理する必要がある。

杉山冨輔・前駐米大使

杉山冨輔・前駐米大使

  杉山  台湾に対して中国が武力行使したとき、法律的、政治的にどう管理すべきか、根本的な問題だがあまり議論されていない。

 ロシアのウクライナ侵略は明らかに主権国家に対する武力行使であり、侵略だが、台湾はどうか。台湾の法的な地位について日本政府は「言うべき立場にない」という立場を取っている。「台湾は国家ですか」という本質的な対中政策の問題に立ち入らざるを得ない。

  折木  台湾有事を巡り、軍事的にはいろんなシナリオのようなものがあるが、経済への影響に対する備えができているかと言えば、心もとない面がある。関係省庁も含めて真剣に考える必要がある。

勝俣秀通・日本大学教授

勝俣秀通・日本大学教授

  勝股  対中外交についてはどうか。

  杉山  日本は中国の力による一方的な現状変更の試みに対し、断固主権を守ると言わなければならない。同時に、中国との対話を続ける努力も必要で、粘り強く働きかけるしかない。日中間でできないならば、米国や先進7か国(G7)、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)なども活用すべきだ。

◆渡辺氏「縦割り排しNSCや国家安全保障局の司令塔機能を強化」…官民挙げての体制

  長島  外務省や防衛省以外の省庁は、安全保障について関心が比較的薄かった。経済界も同じだろう。しかし、今回の3文書では、電波であれば総務省、交通インフラは国土交通省、経済安全保障は財務省と経済産業省、研究開発は文部科学省といったように、様々な分野で政府全体として安全保障の問題に取り組む姿勢が鮮明になった。

渡辺周・元防衛副大臣

渡辺周・元防衛副大臣

  渡辺  たとえばサイバー攻撃への対応は様々な役所にまたがっており、縦割りを排することが重要だ。国家安全保障会議(NSC)や内閣官房の国家安全保障局の司令塔としての機能を強化すべきだ。

 今は平時と有事の境目がなくなり、色々なことが曖昧になってきた。インターネット上ではフェイクニュースが流れている。こうした状況だからこそ、国を挙げて情報と問題意識を共有すべきだ。

  勝股  防衛に関して、日本学術会議との協力をどう考えるか。

  渡辺  学術会議が歴史的な反省に立って、様々な思いを持っていることは事実だろう。今後の経済安全保障や先端技術の研究分野で、日本の成果や技術が中国に盗まれないようにするため、相当警戒しないといけない。(軍事と民生双方で活用できる)「デュアルユース(両用)」の民間技術については、明確な線引きをしながら、何らかの形で協力してもらわないと、日本の優位性は保てない。

  折木  米国の「統合抑止」という基本概念と、日本で使われる「国力全体の統合」という言葉は、少し意味合いに違いがあるが、国力と同盟関係の全体を活用するという観点では、米国とも基本概念で一致したと思う。

 情報の統合化という意味では、ウクライナ情勢への対応で英国の情報力が発揮されている。翻って日本を考えたとき、本当に必要な情報が蓄積され、使える情報となって統合化されているかというと、不安はぬぐえない。これから起こり得る厳しい事態への対応を可能にするのは情報力だと思う。

  渡辺  南西諸島防衛を考えれば、国民に協力を求めることを考える必要がある。離島での国民保護という点では、消防団員も広い意味で安全保障を担う一員と位置づけて、地域の協力を得ないといけない。顔の見える関係の中で島民を避難誘導する担い手を作っていくことは絶対に大事だ。

  勝股  国民保護の観点で、南西諸島の空港や港湾がうまく使われていない現状がある。

  渡辺  有事の際に緊急避難先として使えるかどうかの総点検を総務省と防衛省が協力して行う必要がある。